Loading the player...


INFO:
「別れよう」 湊くんからの通知だ。 私は急いで返信をした。 「なんで?私何か嫌なことした?」 湊くんからの返信はなかった。 ブロックされていた。 本当に心当たりがない。 どうして。 私が何か嫌がることをしてしまったのだろうか。 嫌なことを言ってしまったのだろうか。 何か我慢をさせてしまっていたのだろうか。 私は急いで仕事を終わらせて湊くんが住むアパートへと向かった。 インターフォンを押したが反応がない。 何度押しても湊くんからの反応はなかった。 私は突然の別れに納得が出来なかった。 せめて理由を教えてほしい。 毎日湊くんのアパートのインターフォンを鳴らした。 いつまで経っても反応はない。 郵便受けからはチラシがあふれていた。 もしかしたら湊くんに何かあったのかもしれない。 私は合鍵を使い、湊くんの部屋の鍵を開けた。 ノックをしてからおそるおそる扉を開けた。 「湊くん、入ります。嫌だったら言って。湊..くん?」 部屋は真っ黒だった。 「湊くーん!入るよー!」 湊くんを呼びながら部屋の中を探したが、湊くんはいなかった。 湊くんの部屋はいつも通りきちんと整理されていた。 湊くんは何処へ。 湊くんの行き先の手がかりを探したが、何もわからなかった。 警察に連絡した方がいいのだろうか。 何処かに泊まっているだけなのだろうか。 もう少しだけ様子をみよう。 湊くんの部屋を出た。 鍵を閉めていると横から足音が聞こえてきた。 顔を見た。 「湊くん」 湊くんは私の顔を見て目を見開いた。 「まって!湊くん!」 湊くんが早足で逃げようとする。 「まって!」 私は湊くんを走って追いかけた。 私は湊くんの袖を掴んだ。 はじめにどんな言葉をかけるべきか迷った。 お互い無言のままだった。 湊くんは顔を背けている。 私は湊くんの腕を両腕で掴んだ。 作り笑いをしながら言った。 「とりあえず寒いからさ、部屋に入れて」 湊くんは顔を背けてままだ。 私は湊くんの腕を強く抱きしめた。 諦めた湊くんが部屋の中に入れてくれた。 「寒くなってきたね」 湊くんは黙ったままだ。 本題を切り出した。 「湊くん、どこに行ってたの?心配だったよ。何かあった?」 湊くんはしばらくしてから「いや」と言った。 湊くんは咳払いをした後、答えなおした。 「何もないよ」 「何もないはずないよ。私、湊くんに何か嫌なことしちゃったかな?ごめんね。私のせいだよね」 湊くんは即答した。 「ちがう」 「他に好きな人でも出来た?」 「ちがう、本当に」 「じゃあなんで」 「百合香ちゃんには、関係、ない」 「関係ないはずないよ。私はまだ別れたと思ってない。認めてないから。何かあったなら話して。湊くんの力になりたい」 湊くんは黙っている。 「ねぇ湊くん。私は湊くんの味方だよ。絶対に。湊くんにどんなことがあったとしても私は湊くんから離れない。約束する。だから話して」 湊くんの目が泳いでいる。 服を掴んだり離したりしている。 落ち着かない様子だ。 私は湊くんの手を取った。 湊くんは何か言いかけてはやめてを繰り返している。 「...とりだ」 湊くんが消えそうな声で何かを言った。 「僕は.....一人だ」 「え?」 「一人になっちゃった」 湊くんが泣いている。 泣いている湊くんを初めてみた。 「母さんの、日記を」 湊くんが声をつまらせて泣いている。 湊くんがしゃがみ込んだ。 私は湊くんの背中をさすりながら続きを待った。 「母さんの、日記をめくったんだ。母さんが○んじゃってから。日記が...白紙だったんだ。めくってもめくっても白紙だったんだ。僕のせいで」 湊くんの母は少し前に○くなっていた。 そのことは私も知っている。 湊くんが母のことをあまり良く思っていないことも知っている。 湊くんは、社会人になるまでずっと母と二人暮らしだったと聞いている。 日記とはどういうことだろうか。 私は続きを待ったが、湊くんが話せる状態ではなかった。 湊くんが落ち着いてから話の続きをすることにした。 湊くんが言った。 「かあさんが○くなった時、僕は泣けなかった。現実を受け入れられていなかった。心を押し○して何も感じていないふりをしていた。この間、実家を整理しに行ったんだ。その時に母さんの日記に気づいた。母さんが書いてたんだ。僕が家に全く帰ってこないのは私のせいだって。僕に会いたいって、たくさん書いてたんだ。僕との思い出をたくさん、書いてたんだ。僕がもっと母さんと一緒にいてあげられたら...」 私は黙って話を聞いていた。 「母さんの日記の最後の言葉は、ごめんねだった。日記をめくってもめくっても白紙で、もう母さんはいないんだと理解したんだ。途端に強烈な孤独を感じて、僕は一人なんだって。今までずっと母さんのことは嫌いだと思ってたのに。急にこわくなってどうしようもなくなってしまったんだ」 湊くんの瞳から涙が流れている。 「どうして私と別れようと思ったの?」 「それは、それは」 言葉の続きを待った。 「もう誰もいなくならないでほしい。こんな思いはしたくない。だから」 「いなくならないよ」 湊くんは黙って涙を流している。 「私から逃げないで。私はどこにも行かない。そばにいる。湊くんは1人じゃない。湊くんが嫌だって言ってもそばにいたい」 「もういやなんだ、失いたくない。関われば関わるほど辛くなる。みんな最後はいなくなる」 私は湊くんの目を見て言った。 「私は湊くんとずっと一緒にいたいの」 「どうしてそんなに...もう会社も辞めた。しばらく何もしたくない。誰とも話したくない。百合香ちゃんには何もしてあげられない。僕といてもなんのメリットもないよ」 「メリットなんて考えたことないよ。何が出来るかとか出来ないかとか関係ないの。私は湊くんが好きなの。声が好きなの。考え方が好きなの。匂いがすき。何を持つ時でも左手を添えるところが好き。好きや可愛いをきちんと伝えてくれるところが好き。湊のことを愛してるの」 湊くんは目を逸らしている。 「僕は何も返せない。百合香ちゃんがどれだけ尽くしてくれても、何もしてあげられない」 私は湊くんの頬をさわった。 「私は湊くんに助けてもらった。だから私も湊くんの力になりたい。私が仕事に行けなくなって家のことも何も出来ないくらいダメになってた時に、湊くんが支えてくれた。僕がなんとかする。仕事は辞めていい。引っ越してくればいい。百合香ちゃんは、体調が良くなるまで、家でゆっくりゴロゴロするのを仕事にしようって言ってくれた。私すごく救われたの。だから湊くんの力になりたい。ううん湊くんと一緒にいたい。私がいてほしいの」 湊くんは下を向いている。 「あの時一緒にいたのがたまたま僕だっただけだよ。それに百合香ちゃんは僕がいなくても大丈夫だった」 私は湊くんの頬に良の手のひらでふれた。 「それでも、一緒にいてくれたのは湊くんだよ。私を救ってくれたのは湊くんだよ。あの時私を救ってくれてありがとう。これからのことは2人でゆっくり考えよう。ね?大丈夫。私たちなら大丈夫だよ。焦らずにゆっくり2人で考えよう」 湊くんの目から涙が溢れて止まらない。 「湊くんだから支えたいし、湊くんに支えてほしいの。湊くんがいいの」 私は笑いながら続けて言った。 「付き合う前も話したと思うけど、私って重いんだよね、めっちゃ重いししつこいの。だからいつも振られてばっかりなの。湊くんは私のこと振らないでよ。最後の人は湊くんがいいの。それに支えてあげたいとはいったけど私が勝手にそうしたいだけなの。だから気にしないで」 それから2人で話をした。 ここ数週間の話をした。 今までのこと、それしてこれからのことをたくさん話した。 「私さ、踏み込むのがこわかったんだ。湊くん、自分のこと話すの好きじゃないじゃん?だから話してくれるまで待とうって言い訳をして逃げてた。湊くんが辛い顔、寂しそうな顔をしているときに踏み込めなかった。でもこれからはもっとちゃんと聞きたい。湊くんのことをもっと教えて。そして私のことももっと知ってほしい」 湊くんは頷いた。 私は湊くんの肩を軽く叩いた。 「逃げられると超悲しいんだから!もうやめてよー」 湊くんは再び頷いた。 「わかった、ごめんね」 「わかればよし」 お茶を沸かして、2人でダイニングテーブルに座っていた。 カーテンの隙間から、青い光がさす。 「あ」 湊くんがカーテンを開け、言った。 「もう朝だ」 「朝だね」 湊くんは驚いた顔をしている。 「気づかなかった」 私は湊くんの背中に手を添えて言った。 「もう朝だよ。夜って意外と短いんだよ!私も湊くんと付き合ってからはじめて知ったの」 湊くんと目が合った。 湊くんが静か笑っている。 それみて私は笑い返した。 「散歩にでもいく?」 私は冗談で言った。 湊くんは言った。 「今日はもう眠いな。一緒に夕方までゴロゴロしたい」 「だね」 部屋着に着替えて、2人で背伸びをした。 湊くんが大きな欠伸をした。 つられて私も欠伸をした。 「もう欠伸うつさないでよ」 目を合わせて、2人で笑い合った。 ベッドに横になった。 湊くんの手を握った。 湊くんはすぐに眠りについた。 疲れていたのだろう。 私は湊くんの頬にキスをしてから眠りについた。